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教師の作り方が変わる



数学セミナー,1998年6月号

01中馬 平成8年7月29日に、中教審の第一次答申を受けて,奥田文部
大臣が教養審(教育職員養成審議会)に対して「新たな時代に向けた
教員養成の改善方策について」を諮問しています。そして翌年の7
月に教養審の第一次答申が出たのです。わずか1年で教員免許法の
改訂を含めた,今後の教員養成を決めるようなことを作るのはいか
にも拙速ではないでしょうか?しかも議論の必要もないとばかりに、
平成11年からの前倒し(1年繰り上げ)での実施が決まり,私たちも
対応に大慌てです。
黒木 こちらは改革の最中だったので,なんとか新免許に合わせた
枠組みを作りましたが,スタッフ減の必要な改革になり、ソフト・
11ランディングできるかどうか分りません。それにしても、免許法に
ついては上意下達の感があるね。一般の人はこれまでの改訂免許要
件がどうなっているか知らない人が多いわけで,何が変わったのか
すらわからないでしょうね。
蟹江 大学の教師でも、教員になるのには免許が必要なことくらい
で、教員免許要件のことは知らない人も多いだろうね。
 教育学部では小・中学校の教員免許が取れるようなカリキュラム
で,プロの教師を育てていて(目的制)、他の専門学部でも、たと
えば数学ならば理学部数学科で、その専門性を生かした教科の高校
の教員免許を出せるようになっている(開放制)。その逆に小学校の
21免許を出せるような私立大学も少なくない。だけど、教育学部では
高校の免許も、幼稚園や養護教員の免許も出るようになっていて、
いわば大学の教師以外のすべての教師を養成するシステムになって
いるんだけど、そのこともあまり知られていないだろうな。
 免許要件自体も、文部省が諮問して、教育課程審議会(教課審)が
答申して決まる。そのせいか,教課審の委員は玉虫色に人選され,
教員養成の中心である教育学部も他の学部と同じ扱いになってます
よ。それはいいけど,出てくる結論が教員養成の現場を無視した理
想論や一般論で,因果関係の分析をしているともみえないのに,一
方的に体験や実践を重視する方向に傾いたり、教職重視にと、どう
31も目の前の現象に引きずられた耳障りのいいものになっている。
 実施の際には、現場の実状に無理矢理合わすことになって,その
精神は歪み,しかも成果だけは要求され、さらに歪むことになる。
歪んで歪めば元に戻るということにはならないのだが。
中馬 少し話を戻しませんか。免許要件の話でしたね。
 教員養成には2つの専門があると,よく言われます。1つはいわ
ゆる教育に関する科目で、教育の本質や目標に関するもの,児童・
生徒の心身の発達に関するもの,生徒指導やカウンセリングに関す
るもの,指導の方法や技術に関するものなどで,これらを教職科目
と言っています。もう1つはいわゆる教科専門で,数学の免許を取
るときは数学の科目です。この2つの専門が学校教員には必要だと
いうことで,教員免許要件の縛りが作られています。たとえば,中
学校の数学免許を取得するには,教職科目を何単位,専門科目を何
単位,教育実習は何週間というように定められたものが免許要件で
す。数学の専門であれば,代数,幾何,解析,統計または確率,コ
ンピュータをそれぞれ何単位というように義務づけられています。
教育学部では,卒業要件の単位を取れば,同時に免許が取得できる
カリキュラムになっていて、だいたいは124単位です。
蟹江 今の制度ではね。その教職科目と教科専門科目の比率を変え
るのが今回の免許改訂ですよ。中学校1種免許は教科ごとの免許だ
が、数学の場合でも数学の必修単位を40から20に減らして,教職科
目をいくぶん増やして,教職科目でも数学のどちらでもよいという
選択を増やすのが主な変更点だろ。これを実施したら,どうなっち
ゃうんだろうか?
中馬 そこが問題ですね。今世間で起きている子供達の行動に対処
するために生徒指導やカウンセリング等の教職的な科目の方へシフ
トする。そんなことで問題が解決するのなら,どの学校にもベテラ
ンの教師がいるのだから,とっくの昔に問題は解決しているわけで
す。三面記事を賑わすような教師もいるけど,全体的に見れば日本
の教師の質は悪くないし,教え方だって下手ではないと思います。
蟹江 少年犯罪や少年の事件が増えることに対処しようと、短絡的
に教職科目を増やしたからって、実際の対応が適切になるとも思え
ないし、教科専門の必修を減らしたために、教科を教えるのに自信
のない先生を増やし、子供の信頼を得られない教師を増やすだけと
いう気がするね。何と言っても学校は知識と世界観を身につける所
なわけで、教科内容についての知識があやふやな教師が児童・生徒
から尊敬されるはずがないですよ。教師に対する尊敬と信頼こそが,
学校社会を成り立たせている基盤であって、カウンセリングの能力
もそれに支えられてなきゃ役には立たないよ。
中馬 算数や数学の教育を受ける際に支障を感じないで育った人の
71多くは,大学で数学の勉強はしなくても算数・数学などわけなく教
えられると思っています。だから,教科を教えることに不安がある
とは思わないのです。教師教育の難しさはここにあると思います。
蟹江 習ったことなら教えられるとか、習って分かっていることな
ら教えられるとか、すぐに学生は言うし、だから、教育学部にきた
学生に対して最初に教えるべきカルチャーショックは、知ってるこ
とでも教えられるものではないし、知っているつもりでも実際は何
も分かっていなかったことを分からせることなんですが。
黒木 今回の免許改訂も、教職科目と専門科目の綱引みたいな部分
がありますが,綱引きをやっている間は,そのような問題は解決し
ないわけです。免許要件はあくまでミニマムとしてのものであって,
4年間の教育で得た免許取得で教師が完成されるものではないので
す。だから,免許の見直しだけで今起きているさまざまな問題に対
処しようというのが正しい方向とは思えません。
 子供達を巡る問題は社会構造と不可分なわけで,そこにメスを入
れなきゃ解決しないですよ。まあ、せめて,1学級当たりの生徒数
を減らすとか,教える内容をスリム化するとか,教師の負担を軽く
するとか,思い切った方策をやってみるべきだと思います。学生を
育てるということから言えば,免許の問題ではなく,大学教育の中
身の問題なんです。大学の学生教育がきちんとしてないからだと批
91判されるというなら、それはそれで正論だとは思いますがね。
蟹江 免許を改訂することだけが大事で、結果はどうなるか知らな
い、といういつもの姿勢しか見えないね。そして,結果的に,教員
養成のカリキュラムを歪めてしまうだけだよ。この種のことはリカ
レント教育でやったほうがいいし、そうでなければ医学部みたいに
2年延長したらいい。教育学部を潰す方向とは逆の政策が必要なん
だ。免許改訂といい,教育学部の縮小といい,まったく短絡的だ。
中馬 ところで,私は数学者から教職の教科教育担当に転身したこ
とになっているし,黒木さんは教科専門と教科教育の両方を担当し
101ていますよね。教科教育担当者の中には,高校(中学)までの数学の
指導法が分かっていれば、専門の数学はいらないと公然と言う人が
いますが,それが反映しているのでしょうか。
黒木 それはわからないが、たしかにそういう人もいるようですね。
ただ、私たち教育学部にいる者も,「専門だ!」「教職だ!」とい
う綱引きではなしに,教員養成とは何かという問題の立て方をすべ
きなんでしょうね。もちろん,答えはないかも知れない・・・。今
回の改訂では数学の専門が薄められて教職の方向にシフトされてし
まったんだが,数学の専門の人達がもっと教科教育法なども勉強し
て積極的にそれを担当すべきだと思うよ。ついでに言えば,教育学
部で教えられる専門数学の内容も何が相応しいのか真剣に検討すべ
111きだと思うな。子供達のためにも,数学のためにもね。