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教師のプロはいらないのか?



数学セミナー,1998年5月号

01中馬 先月は、プロの教員を作る教育学部という話でしたが、最近
の教師の仕事は命懸けです。教師として送り出す学生に、何をどう
教えておくかを考え直すべきときですね。
蟹江 その教育学部を激震が襲っています。プロの教師を養成する
システムがなくなりそうな勢いです。これは深刻だよね。たしかに
今のあり方が理想とは言えないんだけど....。そういえば、三重大
の教育学部も、以前は学芸学部だったみたいです。この学芸学部と
いうのは教員養成システムとして別ものだったのかしら?
黒木 戦後60年代半ばまで国立の教員養成系には、学芸学部と教育
学部がありました。学芸学部の方はメインの教員養成以外に、小人
11数ですが学芸課程や教養科があり、つまり、明確な目的性をコアに
しながら、師範学校の反省を踏まえ、リベラル・アーツに支えられ
た教員養成という理念がありました。当時は、幅の広い教養のある
教師の育成が目指されていたんです。その学芸学部がなくなるのは、
東京オリンピックの頃です。経済界の意向を汲んだ「期待される人
間像」の中教審答申によって、学芸学部から教育学部へと改組され、
日本の教育が産業のための人作りに変質していくわけです。
蟹江 師範学校への回帰ではなく、教育の効率化という観点の導入
ということなんですか。規格品の教師作りを目指して、教師個人の
人としての教育を軽視している感じがしますね。
21 シンボル的には、66年の教育学部への名称の統一が教師のあり方
や教育に対する意識を変えたと言っていいわけね。教師の意識も、
その前後でずいぶん変わったのでしょうか?「教師は聖職」という
のが常識でなくなり、教師も労働者であり、教育に対する情熱とい
ったものも勤労意欲と呼ばれるようになったというか。
 僕はその66年に京大に入ったのですが、中馬さんはもう高校の先
生だったんですよね。
中馬 64年の東京オリンピックの年に教師になりました。
 66年当時は、都立の夜間定時制高校で、生徒数20名そこそこのク
ラスの担任で、個人的な事情まで生徒を把握していました。働くた
31めでなく、昼間の高校に進学する学力がないから定時制高校に通う
生徒もすでにいました。ですから、スキー・ジャンプの船木と原田
選手のように、性格も状況もまるで違うような生徒を同時に教育す
ることになります。生徒にはできる限り平等に、問題が起きたら信
念を持って直ちに対応するように努めたのですが、なかなか思うよ
うにはいきません。残念なことですが、かなりの生徒が中途退学し
ていきました。
 ともかく、当時は理学部の数学を出ると高校の教師くらいしか仕
41事がありませんでした。だから、教師を職業として意識していた理
学部の学生も多かったですよ。学芸学部はプロの教師を育てるとこ
ろでしたが、教師にならないコースもあったりして、2つの学部の
数学科の学生の意識はかなり近かったのではないでしょうか。
黒木 64年当時、私は理学部の学生でしたが、九州各地の大学の教
員養成系と理学部の数学の学生たちが一緒になって「九州数学科学
生懇談会」を組織して、各大学の持ち回りで年に一度セミナーをや
っていました。教育に関する議論の中で、教員養成系の学生のあま
りの真面目さに、自分は教師には向かないと思い、方向転換した思
い出があります。あの頃は、両学部の学生が「数学」と「教育」を
一緒に話し合える雰囲気みたいなものがありましたね。
蟹江 なんだか、僕だけ「専門馬鹿」だったってことになるの?中
51馬さんがプロの教師で、黒木さんは一段ステップアップした教師に
なろうとして数学者になったというわけ?ふーん。
 プロの教師を作るシステムを護る議論をしてきたのですが、教師
のプロって、何でしょうか。「プロの教師」と「教師のプロ」は少
し違いますね。プロの教師というのは職業として教師をするという
ことですね。プロ野球の選手に対して「あいつはプロじゃない」と
いう非難は、職業意識を強く持っていないという意味合いですから。
 教師のプロというのは、教師であるプロという意味でしょう。ま
ず厳しさを持つプロであって、形態としてはそれが教師であるとか、
61教師という立場においてとかということになるのでしょうか。
中馬 今どきの学生に、そこまで求めるのは難しいのではないでし
ょうか。
蟹江 いやあ、ですから、宮本武蔵になれなんてことを言うつもり
はないんだけど、....そうそう、新人賞を貰って華々しくデビュー
はしたが、後は1作も書けないという作家がいますよね。そういう
のをプロの作家と言えるのかという議論がありますね。そういえば、
第1回目のフィールズ賞を貰った人も、そのあと数学を止めちゃっ
たんだっけ。
 いまは、作家の話でしたね。思い出したんだけど、芥川賞を受け
71たある大家がこんなことを言っているんですよ。
 「作家というものは、出だしは量。量をこなせなければダメだ。
1作ぐらいなら、人間誰でもあっと驚くようなものが書ける。」
 誰でも傑作が書けるというのは、彼だから言えるのでしょう。言
いたいのは、作家であれば書くことに没頭して、他のことは犠牲に
するくらいでなければいけない。そしてそれをある程度長期間持続
できなければ作家でない、ということのようですね。もちろん結果
として書けなくても仕方がないけど、書くことに専念......
黒木 何をくどくど言ってるの。で、子供の教育に専念できない教
師はプロとは言えないとでも?
81 カニさんの小学校の担任は大変だったろうね。よく生き残ってこ
れたね。今じゃ無理かもしれないな。
 それはともかく、今は教師の養成システムを今後も維持すべきも
のかということが問題で、最近の教員養成系を縮小する改革でそれ
が保証されるのか、それを問題にしてるんだよね。
 ところで、その作家は誰なの。
蟹江 井上靖ですけど。
黒木 あ、そう。1月に旭川の井上靖記念館に寄ってきましたが、
そうなんですか。
 ところで、今は教員免許を取らなくてよい課程(新課程とよぶ)が
作られて学芸時代に戻ったように見えますが、理念的にはずいぶん
91違いますね。大学の設置基準が変わり、一般教育の概念がなくなり、
その担当者の行き場の問題や全国の教育学部に修士課程を作る方針
が出される中で、まず前者の問題解決を求められ、それへの回答な
しには大学院が作りにくくなり、新課程設置が緊急避難的だったと
いうことはあると思いますね。
中馬 今回の新課程(新々課程とよぶ)は,少子化からくる教員需
給に対応したもので,出口(=就職)のことが厳しく言われており、
教員養成と新々課程の定員が逆転している大学もあります。教員養
成系は縮小論ばかりで、一方、巷で小中学生の反乱が起きているの
を受けてか、今回の免許法の改訂でしょう。改訂の中身を読んでみ
101たけど、矛盾した要求も多いですよ。
黒木 本当にそうですね。専門に強い教師をと言いながら,専門教
科の単位数を半減することにして,専門の力量をどうやって身につ
けさせるのでしょうね。カウンセリング等の臨床的な事柄も履修さ
せるのなら4年間では無理でしょう。
中馬 岐阜大で、5年制の養成システムを考えてはみたけどうまく
いかなかったことがあります。今回は教科専門の力量とカウンセリ
ングを両方入れ込むのですから、上滑りの教育になりますよ。誰が
責任をとるんでしょう。
蟹江 いつものことで、誰も責任は取らないんでしょう。今の形の
111教育学部なんかいらない、専門性の豊かな一般学部で教員を作った
方がいいというわけね。どうもお題目と真意にずれがあるみたい。
それは来月にじっくり話そう。まったく、角を矯めて牛を殺すとい
うことわざを知らないのか、と言いたくなるよね。
中馬 そんなことわざをわかる人も少なくなっているでしょうね。
116蟹江 う−ん....