| 01 | 中馬 先月は、プロの教員を作る教育学部という話でしたが、最近
| の教師の仕事は命懸けです。教師として送り出す学生に、何をどう
| 教えておくかを考え直すべきときですね。
| 蟹江 その教育学部を激震が襲っています。プロの教師を養成する
| システムがなくなりそうな勢いです。これは深刻だよね。たしかに
| 今のあり方が理想とは言えないんだけど....。そういえば、三重大
| の教育学部も、以前は学芸学部だったみたいです。この学芸学部と
| いうのは教員養成システムとして別ものだったのかしら?
| 黒木 戦後60年代半ばまで国立の教員養成系には、学芸学部と教育
| 学部がありました。学芸学部の方はメインの教員養成以外に、小人
| 11 | 数ですが学芸課程や教養科があり、つまり、明確な目的性をコアに
| しながら、師範学校の反省を踏まえ、リベラル・アーツに支えられ
| た教員養成という理念がありました。当時は、幅の広い教養のある
| 教師の育成が目指されていたんです。その学芸学部がなくなるのは、
| 東京オリンピックの頃です。経済界の意向を汲んだ「期待される人
| 間像」の中教審答申によって、学芸学部から教育学部へと改組され、
| 日本の教育が産業のための人作りに変質していくわけです。
| 蟹江 師範学校への回帰ではなく、教育の効率化という観点の導入
| ということなんですか。規格品の教師作りを目指して、教師個人の
| 人としての教育を軽視している感じがしますね。
| 21 | シンボル的には、66年の教育学部への名称の統一が教師のあり方
| や教育に対する意識を変えたと言っていいわけね。教師の意識も、
| その前後でずいぶん変わったのでしょうか?「教師は聖職」という
| のが常識でなくなり、教師も労働者であり、教育に対する情熱とい
| ったものも勤労意欲と呼ばれるようになったというか。
| 僕はその66年に京大に入ったのですが、中馬さんはもう高校の先
| 生だったんですよね。
| 中馬 64年の東京オリンピックの年に教師になりました。
| 66年当時は、都立の夜間定時制高校で、生徒数20名そこそこのク
| ラスの担任で、個人的な事情まで生徒を把握していました。働くた
| 31 | めでなく、昼間の高校に進学する学力がないから定時制高校に通う
| 生徒もすでにいました。ですから、スキー・ジャンプの船木と原田
| 選手のように、性格も状況もまるで違うような生徒を同時に教育す
| ることになります。生徒にはできる限り平等に、問題が起きたら信
| 念を持って直ちに対応するように努めたのですが、なかなか思うよ
| うにはいきません。残念なことですが、かなりの生徒が中途退学し
| ていきました。
| ともかく、当時は理学部の数学を出ると高校の教師くらいしか仕
| 41 | 事がありませんでした。だから、教師を職業として意識していた理
| 学部の学生も多かったですよ。学芸学部はプロの教師を育てるとこ
| ろでしたが、教師にならないコースもあったりして、2つの学部の
| 数学科の学生の意識はかなり近かったのではないでしょうか。
| 黒木 64年当時、私は理学部の学生でしたが、九州各地の大学の教
| 員養成系と理学部の数学の学生たちが一緒になって「九州数学科学
| 生懇談会」を組織して、各大学の持ち回りで年に一度セミナーをや
| っていました。教育に関する議論の中で、教員養成系の学生のあま
| りの真面目さに、自分は教師には向かないと思い、方向転換した思
| い出があります。あの頃は、両学部の学生が「数学」と「教育」を
| 一緒に話し合える雰囲気みたいなものがありましたね。
| 蟹江 なんだか、僕だけ「専門馬鹿」だったってことになるの?中
| 51 | 馬さんがプロの教師で、黒木さんは一段ステップアップした教師に
| なろうとして数学者になったというわけ?ふーん。
| プロの教師を作るシステムを護る議論をしてきたのですが、教師
| のプロって、何でしょうか。「プロの教師」と「教師のプロ」は少
| し違いますね。プロの教師というのは職業として教師をするという
| ことですね。プロ野球の選手に対して「あいつはプロじゃない」と
| いう非難は、職業意識を強く持っていないという意味合いですから。
| 教師のプロというのは、教師であるプロという意味でしょう。ま
| ず厳しさを持つプロであって、形態としてはそれが教師であるとか、
| 61 | 教師という立場においてとかということになるのでしょうか。
| 中馬 今どきの学生に、そこまで求めるのは難しいのではないでし
| ょうか。
| 蟹江 いやあ、ですから、宮本武蔵になれなんてことを言うつもり
| はないんだけど、....そうそう、新人賞を貰って華々しくデビュー
| はしたが、後は1作も書けないという作家がいますよね。そういう
| のをプロの作家と言えるのかという議論がありますね。そういえば、
| 第1回目のフィールズ賞を貰った人も、そのあと数学を止めちゃっ
| たんだっけ。
| いまは、作家の話でしたね。思い出したんだけど、芥川賞を受け
| 71 | たある大家がこんなことを言っているんですよ。
| 「作家というものは、出だしは量。量をこなせなければダメだ。
| 1作ぐらいなら、人間誰でもあっと驚くようなものが書ける。」
| 誰でも傑作が書けるというのは、彼だから言えるのでしょう。言
| いたいのは、作家であれば書くことに没頭して、他のことは犠牲に
| するくらいでなければいけない。そしてそれをある程度長期間持続
| できなければ作家でない、ということのようですね。もちろん結果
| として書けなくても仕方がないけど、書くことに専念......
| 黒木 何をくどくど言ってるの。で、子供の教育に専念できない教
| 師はプロとは言えないとでも?
| 81 | カニさんの小学校の担任は大変だったろうね。よく生き残ってこ
| れたね。今じゃ無理かもしれないな。
| それはともかく、今は教師の養成システムを今後も維持すべきも
| のかということが問題で、最近の教員養成系を縮小する改革でそれ
| が保証されるのか、それを問題にしてるんだよね。
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