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タイトル-湯殿山


一 本文 

谷の傍に鍛治小屋と云有。此国の鍛治、霊水を撰て爰に潔斎して劔を打、終月 山と銘を切て世に賞せらる。彼龍泉に剣を淬とかや。干将莫耶のむかしをした ふ。道に堪能の執あさからぬ事しられたり。岩に腰かけてしばしやすらふほど 三尺ばかりなる 桜のつぼみ半ばひらけるあり。ふり積雪の下に埋て、春を忘れ ぬ遅ざくらの花の心わりなし。炎天の梅花爰にかほるがごとし。行尊僧正の哥 の哀も爰に思ひ出て、猶まさりて覚ゆ。惣而此山中の微細、行者の法式として 他言する事を禁ず。仍て筆をとゞめて記さず。坊に帰れば、阿闍利の需に依て、 三山順礼の句々短冊に書。 涼しさやほの三か月の羽黒山 雲の峯幾つ崩て月の山 語られぬ湯殿にぬらす袂かな 湯殿山銭ふむ道の泪かな 曾良

二 語釈 

●鍛冶小屋:月山より湯殿山に下る途中にある。現在いわれる鍛冶小屋よりも っと下にあった。 ●この国の鍛冶:この国とは出羽の国(山形県)のこと。銘を月山とした初代 は、建久(1191-1199)の頃の、出羽の刀鍛治鬼王丸の子といわれている。 ●霊水:ふしぎな尊い水。霊験著しい水。 ●潔斎:心身を清めること。ものいみ、精進。 ●龍泉の剣を淬ぐ:龍泉は中国湖南省汝南都西平県にあったという鍛冶によい 泉。「晋ノ太康ノ地理記ニ云フ、西平県ニ龍淵水有リ、刀剣ヲ淬グニ用ヒル ベシ、特ニ堅利ナリ」(史記、荀卿伝注)この故事が背景になっていると思 われる。 ●淬ぐ:<にらぐ>焼き入れ。鋼鉄などを1,300℃以上の高温に加熱し 、そ の後水などをかけて急冷すると鋼鉄の結晶配列が変化し硬度が高くなる。 ●干将・莫耶の昔:<かんしょう・ばくや>故事によると、呉の人である干将 が、その妻の莫耶とともに、名剣を二ふりつくって、呉王に献じたという。         ●道に堪能の執:<みちにかんのうのしゅう>その道に深く通じるための執心 ●炎天の梅花、ここにかをるがごとし:「雪裏ノ芭蕉ハ摩詰ガ画、炎天ノ梅蘂 ハ簡斎ガ詩」(禅林句集)による。禅宗では炎天の梅花は悟りのフィーリン グとされている。芭蕉はバショウ科の多年草、夏に花を咲かす。滅多にない  珍しいもののたとえ、したがって、意味は、いま見つけた遅咲きの桜が滅多  に無いものだ。 ●行尊僧正:行尊の歌 大峰にて思いがけず桜の花をみてよめる「もろともに  あはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし」(金葉和歌集 巻第九雑部上  僧正行尊)を受けた。大峰は奈良県金峰山。古来修験道の道場のある山とし  て有名なところ。花に語りかけるしかすべのない修行時の孤独を歌った歌で  ある。なお、行尊は平安時代末期の天台座主で歌人。 ●この山の微細、行者の法式として他言することを禁ず:<このやまのみさい   、ぎょうじゃのほうしきとしてたごんすることをきんず>湯殿山の詳細に  ついては、行者のつとめとして他言してはいけないことになっているのでこ  こには書かない、の意。 ●阿闍利の需に依て:<あじゃりのもとめによりて>三山巡礼前の南谷での俳 諧興行で詠んだ句と関連している。巡礼の前と後でどのように変化したか阿 闍利が試しているのである。 ●三山巡礼の句々短冊に書:<さんざんじゅんれいのくくたんざくにかく>本 文では順礼とあるが、巡礼とかくのが正しいであろう。三山を巡礼して悟り を得て、ステージアップした聖者としての三句である。 ●湯殿山銭ふむ道の泪かな:湯殿山では持ち金全てを賽銭としてまくのが習慣 である。したがってゆく道には賽銭が辺り一面に散らばっている。ほかの場 所とは違って、落ちている金を拾い取る人もなく金銭を踏み歩く超世俗的な 霊山の尊さに泪を流したのであろう。 --------------------------------------------------------------------------------  

   三 通訳

その下り道の途中、谷のかたわらに「鍛冶小屋」という小屋がある。これは、 昔この国の鍛冶が、不思議な尊い霊水を選び、心身を清め、精進して剣を打ち、 ついに「月山」と銘を刻み込んで世間から賞せられた小屋である。この話は、 あの「龍泉 に剣をにらぐ」や、「干将・莫耶の昔」の中国の故事と比べられる であろう。その道に深く通じるための執心が大変深いことがうかがわれる。  さて、岩に腰掛けてしばらく休んでいると、岩のかたわらに三尺ばかりの桜の つぼみが半分ほど開きかけている。降り積もる雪の下に埋もれ、しかし春を忘れ ることのない遅桜 の花の心は、言うべき言葉もないほどいじらしい。あの「炎 天に梅花」の香りがかおるようだ。「もろともにあはれと思へ山桜」と歌った 行尊僧正 の歌が思い出されて、一層趣深く感じられる。総じて、この湯殿山での 微細は修行者のきまりで、他言することを禁じられているため、これ以上は筆を 止めて、この山の些事を記さないことにする。  宿坊に戻ると、会覚阿闍梨の依頼に応えて、「三山巡礼 」の句々を短冊に書 き残し申した。 ---------(朝) 清々しい涼風のごとく、         羽黒の御山をほの見ると、「ほの三日月」が輝いてござる! ---------(昼) 登れども、登れども、雲の峰が崩れ、また立つ、         雲関を過ぎ、月山を望むのはいつのことぞ! ---------(夜) 神秘を人に語ることのない夜の湯殿で霊泉に身を浸す、         覚えず涙拭く袂の上に、極上の、極上の一瞬がござる。 ---------(賛) 参道に 賽銭を踏み、湯殿参詣。         世俗を離れたこの霊山、まこと、涙、涙の道行きにござる!    曾良  

   四 探求   随行日記へ  俳諧書留へ   画像ライブラリへ

 この段は三山巡礼のクライマックスになる。羽黒山、月山、湯殿山と修行を続け てきた予は、ついに悟りを得るのである。全体では、鍛冶小屋の由来の話の場面、 腰をかけて休んでいるところで桜をみつける場面、山を下り阿闍利の依頼で句を詠 む場面の三つに分かれている。  鍛冶小屋の由来を語る場面は、一芸に秀でた人の並外れた執着心をよくしめして おり、次の、つぼみが開きかけた遅桜を見つける場面では、予は「春を忘れぬ遅ざ くらの花の心」から「炎天の梅花」を連想している。花の心が顕れる瞬間を見出し たのである。そのことを経験することにより、予は、悟りを得、聖者としてステー ジアップしたのであった。また、修行の微細を記さず、この山での宗教体験を秘密 にすることにより、湯殿山がより、神秘的で、尊い場所であることが強調されてい るだろう。  湯殿山から下った予は、南谷でもお世話になった阿闍利から三山巡礼の成果を試 すために、句を求められた。予のつくった三句は、巡礼に出る前、羽黒山で詠んだ 句とも関連している。羽黒での、「有難や雪をかほらす南谷」は、修行に対する決 意や意欲が表されている。ここでの三句は修行の過程、結果を表している。それぞ れでの句で、朝の羽黒、昼の月山、夜の湯殿の三山を三つの句にした。羽黒、月山 で、修行を続けてきて、ついにこの湯殿で悟りを得たのである。  このような句をつくり、聖者としてステージアップした予は、酒田に向けて新た な気持で、旅を続けていった。    〈五十嵐亜由美〉    

   五 句の解釈

     

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