
草の戸も住替る代ぞひなの家
面八句を庵の柱に懸置。
弥生も 末の七日、明ぼのゝ空朧〃として、月は在明にて光おさまれる物から不二の峯幽 にみえて、上野谷中の 花の梢又いつかはと心ぼそし。むつまじきかぎりは宵よりつどひて 舟に 乗て送る。千じゆと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて 幻のちまたに離別の泪をそゝく。
行春や鳥啼魚の目は泪
是を矢立の初として、行道なをすゝまず。人〃は途中に立ならびて、後かげのみゆる迄はと見 送なるべし。

●海浜にさすらへ:前年の『笈の小文』の旅のこと。
●杉風が別墅:<さんぷうがべっしょ>と読む。杉風は杉屋市兵衛、芭蕉の最も信頼していた 弟子の一人。
●別墅は、深川六間堀にあった杉風の別宅採茶庵<さいだあん>のこと。
●古人:ここで古人とは,単に昔の人ではなく芭蕉が尊敬してやまない西行や宗祇,能因法師 などをさす.
●表八句:百韻形式の連句の最初の8句のこと。これらを第1ページ目に書くところから表八句 という。
●弥生も末の27日 出発日(「芭蕉の書簡」『(財)三国路 与謝野晶子紀行文学館』内)
●光をさまれるものから:有明の空はすでに明るんで、月そのものの光は色褪せている。
『源氏物語』「月は有明にて光をさまれるものから、影さやかに見えて、なかなかをかしき
あけぼのなり」から引用。
●舟に乗りて送る:一説に、この当時の風習では、長旅に出る人の送別は、一駅先の 宿駅まで同行すること、また、別れるときには後ろ姿が見えなくなるまで見送ること、その 際送られるものは後ろを振り返ってはいけないとされた。という説もあるが、疑問。
行道 する日月は、希代の「旅師」にして、
行き交う「時間」もまた旅人にござる。されば、この地上にて、
船上に生涯を浮かべる者、馬のくつわを捉えて老境を迎える者は、
いずれも日々旅にして旅を住みかとする者どもにはござらぬか。
また思うに、かの古人たちの中にも旅中に死せる者、少なくは
ござらぬ。それ故、余もまたいつとなく片雲の風に誘われ、そこか
しこに「さすらい」する夢、止みがたく、ためについに去年、海浜
をさすらい、秋に深川のあばら屋にクモの古巣を払い、そして迎え
た年の瀬、はたまた、春立てる霞の空に「白川の関」を越えんと思
い立つ始末、されば……。(ト言イツツ、ハット正気ニ返ルゴトク
我ガ手ヲ見テ-----)
お聞き下されるか?「そぞろ神」のこの身にとりつき、道祖神の
招きに会いて取るもの手につかず。うろたえた挙げ句、致したこと
と申せば、くたびれた「ももひき」の破れをつづり、古びた「傘の
緒」を付け替え、老骨の膝頭に灸すえるなど、「らち」もない事ば
かり。なれど気の急くままに、松島の月まず心にかかり、先走った
末に、ついに「この住まい、無用!」とばかり草庵まで人様に売り
渡して路銀に換え、杉風が別荘に移って、さて旅立ちの時を迎え申
した。
がそのときになって、そこはそれ人心 、さすがに旧庵も忘れが
たく暇を盗んでうかがい見ると、愛くるしい娘子の姿も見えて一
句、
------この草庵も、今は若盛りの夫婦の住家、
おおぉ、さながら「雛の家」ぞ!
とまぁ、らちもない「表八句」を草庵の柱に掛け置き、陰ながら旧庵 に別れを告げた次第でござる。
出発の時は三月も末の二十七日、曙の空かすかに白み、月は有明の光 を潜めて、富士の峰ほのかに浮かび、上野・谷中の花の梢、また見る時 はいつの日と、しきりに心細うござる。その朝、兼ねて昵懇の方々は 「送別」とて杉風が別荘に集い、あろう事か夜明けを待って船に乗り、 次の宿場まで送るという。その宿場、「千住」にて船を上がると、いよ いよ別れの時とてしきりに名残惜しく、また「前途三千里」の思い胸に 塞がり、はてさて、永住の地にちなむ「千住」の路上にて「別れ」の涙 を注ぐという珍妙な次第でござる。
------おおぉ……ゆく春!
鳥は啼き、魚の目は涙にうるむ、春よ!
とまぁ恥ずかしながら、これを「矢立」の筆始めとして歩き始めたところ、
いかんせん老骨の身の上、足が先にすすまぬのジャ。
されど見送りの方々は、わしが後ろ影の見えるまでは見送ろうとて、いま
だ路上に手を振ってござろうて。
(-----------方々サラバジャ!)
この日元禄2年3月27日、芭蕉は千住で見送りの人々と別れ、草加を経て、
粕壁で宿泊している。別れに当って「前途三千里」の不安と惜別の情とが
去来しただろう。
しかし、念のために云えば旅慣れた芭蕉とこの作品の主人公とは、
区別して取り扱う必要がある。この作品を子細に読めば、主人公は僧侶
であり、訪問地は大部分が各地に点在する神社・仏閣に設定されている。
また名所歌枕の探訪には、各地の同好者たちの案内がある。各地の同好者
たちは「もてなし」の一環として、名所歌枕を案内するのである。
『奥の細道』冒頭の「日月」には「歳月」を意味する「日月」と、「天 体」を意味する「日月」の用法がある。『奥の細道』では「日月行道の雲関に入かとあやしまれ、息絶身こゞえて 頂上に□れば、日没て月顕る。」(月山)とあるため、「行道する日月」と「日月」を人格化した解釈を採用した。
なお『奥の細道』の終着は大垣だが、ここでは、
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
とあり、「魚・鳥」と「蛤」、「行く春」と「行く秋」と呼応する言葉を採用することで、首尾の照応を演出している。この照応の意味については、別に考察する。